
映画『廃市』を下北沢で観た日の記憶
1983年あたり、下北沢で大林宣彦監督の映画『廃市』を観た。厳密にはスズナリ劇場だったのか、スズナリ小劇場だったのか、今となっては記憶が少し曖昧だ。隣に演劇の舞台があったはず。映画館そのものもこじんまりとして、その小ささがよかった。座敷ではないが、そんな身近な距離感。下北沢という街の体温にぴたりと合っていた。あの頃の下北沢には、演劇人、音楽関係者、絵描き、詩人の卵のような若者たちが、あたりまえのように混じり合って生きていた。私自身もその空気の中にいた。
1980年代の下北沢という街が持っていた文化の体温
居酒屋でアルバイトを始めた頃で、店に来る客の中にも、いかにも「何者かになろうとしている」顔つきの人たちがいた。何やら舞台のような、いや、新宿、渋谷が舞台なら舞台袖のような街だった。
そんな下北沢で観た『廃市』は、映画としての美しさを超えて、私の中に「土地の記憶」として残った作品である。
大林宣彦監督『廃市』が映し出した柳川の時間と風景
大林宣彦監督という人は、風景の中に沈んでいる時間、場所にしみついた記憶、人が生きた痕跡のようなものを、静かに掬い上げることのできる稀有な作家だったと思う。『廃市』にも、その資質が濃密に宿っている。華やかなドラマを大声で語る映画ではない。柳川という水の町を舞台に、人と人との気配、言葉にならない感情、過ぎ去る時代の陰影を、ゆっくりと、しかし確かに焼きつけてゆく。観終わったあと、何か劇的な結末を見たというよりも、一つの町の息づかいを身体に移されたような、不思議な感覚が残った。

映画の記憶に導かれて柳川を訪ねた旅
のちに私は大学を卒業し、広告代理店に入り、地方を飛び回る仕事をするようになった。30歳前後、九州を一周するような出張の途上で、福岡から鹿児島方面へ向かう途中、いや、佐世保方面だったか、いや逆か、ふいに柳川が気になって下車した。まだ新幹線が走っていない 路面電車は、移動の感触にも今よりずっと「旅」の匂いがあった。なぜ柳川で降りたのか。見知らぬ土地に理由はひとつしかない。『廃市』の記憶である。
駅からどう歩いたのかはもう覚えていない。けれど、歩いているうちに川下りの場所へたどり着き、何の気なく舟に乗った。橋の下をくぐったのか、どんな景色が左右に流れていったのか、その細部も今は薄れてしまった。ただ、ひとつだけはっきりしている。川から上がった頃には、あたりは夕暮れに近づいていて、近くの食べ物屋の灯りが妙に温かく見えたことだ。たしか焼き肉屋のような店にふらりと入った。どういう宿に泊まったのかも思い出せない。だが、私は確かに柳川にいた。そしてそのとき、映画の中の柳川と、現実の柳川と、自分の記憶の中の柳川が、静かに重なっていた。
『廃市』という題名に込められた“失われてゆく町”の感覚
『廃市』という題名は、そのまま読めば「町が廃れていく」という意味を含んでいる。繁栄の裏側で、別の何かが静かに失われてゆく。映画が作られた時代は、日本がバブルへと突き進む寸前だった。新しいものが次々と生まれ、都市はきらびやかに塗り替えられていった。しかし、何かが作られるとき、必ず何かが後景へ退いてゆく。便利さの陰で、古い町の時間や、人の暮らしの手触りや、説明のつかない情緒のようなものが、少しずつ痩せていく。『廃市』は、そうした「失われてゆくもの」への鎮魂の気配をたたえた映画だったのではないか。
柳川から連想した故郷・十和田という水の町
私はこの映画を観たとき、なぜか故郷である青森県十和田市を連想していた。柳川とは成り立ちも風景もまるで違う。が、共通するのは、「水の町」であること。ただ、
十和田は開拓の町であり、比較的若い町だ。歴史の層も違えば、土地の表情も違う。それでも、小さな地方都市がそこにあり、人が生き、恋をし、別れ、記憶を積み重ねていくという意味では、どこか通じるものがあったのだろう。地方の町には、その土地にしかない呼吸がある。外から見れば似たような「地方都市」でも、そこにはそれぞれの時間の流れがあり、固有のさびしさとぬくもりがある。私は『廃市』の中に、柳川だけではなく、そうした地方都市一般の生命のようなものを感じていた気がする。
地方都市に宿る固有の呼吸と記憶の重なり
だからこの映画は、作品としての完成度や映像美を語るだけでは足りない。むしろ私にとっては、自分の来し方や、故郷や、旅の途中で出会った町の気配を呼び戻す装置のような映画なのである。あれから30年以上が過ぎても、『廃市』という題名を耳にするだけで、柳川の夕暮れと、下北沢のあの小さな劇場の空気が、同時によみがえる。
『廃市』が今も心に残り続ける理由
あの頃の下北沢もまた、どこか「地方都市」に似た文化圏だったのではないかと。洗練されてはいるが、巨大都市の冷たさとは違う、人の顔が見えるサイズの街。地方から出てきた若者にとって、下北沢は文化の都でありながら、どこか故郷の延長のような親しみも感じさせる場所だった。だからこそ、そんな街で『廃市』を観たことに意味があったのだと思う。町を失うこと、町を記憶すること、町に自分を重ねること。その全部が、あの日の下北沢にはあった。
人の心の奥にある「もう戻れない時間」を撮った『廃市』は、今もなお静かに生き続ける。インターネットという「時の河の流れ」の中で。

